樋口淳さん

<学歴> 2009年 慶應義塾大学理工学部卒業、
2014年筑波大学法科大学院未修コース入学したのちに2017年卒業、同年に司法試験合格。
<職業> 公認会計士、米系金融機関勤務
<勝負服> 赤シャツ

1. 極度の状況での司法試験
私は、司法試験初日前夜、一睡もすることもできずに当日を迎えた。あんな絶望的な朝は初めてで司法試験が始まる前から、今年の合格は無理だと思った。しかし、一科目目が始まる直前にやまをはっていた判例がそのままでて、しかも労働法演習の期末テストそのままの問題も出ていて、一気に脳内麻薬が分泌され、試験の女神は私を見捨てていないのだと思い、改めて今年の合格を目標に戦うこととした。一科目目が終わり、睡魔もピークに達したころ、自分のホテルの部屋で布団に入る誘惑を断ち切り、自分の手帳に、「絶対に合格する」「睡魔に勝つ」と100回くらい書きなぐって自分の精神を落ち着かせた。もう、頭も回らず、体力も消耗している状況では、気持ちで戦うしかないと思ったからだ。今振り返ると、ホテルの一室を借りて、心を落ち着かせることができたのも勝因だったように思える。あと、心が折れそうになった時に備えて、ポジティブなことを常に自分に言い聞かせていた。例えば、直前模試でA判定だから大丈夫とか、そのようなことを言い聞かせていた。そして、2教科目の憲法で、まさかの手続法(憲法33条)からの出題で、何をどのように書いていいのかわからず、また、教室内もざわざわしていることに気が付いた。そして、おそらく成田新法事件について聞いていると思いつつも、自信が全くなかった。だが、ここは私にとっての人生の晴れ舞台である司法試験。ビビッていたら始まらない。散っていくならば攻めて攻めて攻めまくろうと思い、成田新法にべったり乗っかって書くことにした(後日、出題趣旨には成田新法で書くようにと記載されていた)。このように、司法試験では、度胸も試されているのだと思った。また、どうせ落ちるならば自分のスタイルを貫き通して落ちたいという思いが強く、自分の強みである2時間で3500字~4000字の答案を書ける処理能力を生かした戦い方をしようと考えた。そのため、多少、汚い字でも多くの字を書きなぐることを心掛けた。初日を終え、疲れもピークに達した夜、今日こそは眠れて民事系に備えられると思った。しかし、そこに待ち受けていたのは、極度のプレッシャーからくる呼吸困難であった。心臓がいつもと違う動きをしていた。午後9時に布団に入ったのに、気が付けば午前1時、午前2時、そして午前3時となっていたころ、私はすでに睡眠改善薬をかなり飲んでいたし、救急車を呼ぼうと思うほど呼吸することが困難であった。ようやく3時間ばかり眠れたものの、疲れは極限に達しており、初日以上に厳しい戦いが待っていた。
2日目の民事系の記憶は一切残っていない。ただ、一つ覚えていること、それは、私は絶対に合格するという強い気持ちだけは2日目も維持していたことであった。基礎論点の論証?→大丈夫。そんなもの、徹夜で脳が眠っていても体が覚えていて勝手にかけるわ、そう自分に言い聞かせていたし、実際問題、何も考えずに機械のように2日目は書いていた。
3日目の中日、普通ならば刑事系とか短答の勉強するのであろうが、私は精神面のケアを重視するために、自分が一番落ち着く場所に行きリラックスすることとした。そして、原点に立ち返り、自分は何のためにこの戦いに勝ちたいのか、本当に勝ちたいのか、何が何でも勝ちたいのか、と自問自答して、自分の士気を高めていた。4日目と5日目は、前夜眠ることができ、本調子に戻り、まともな精神状態のもとで戦うことができた。
このように、司法試験を振り返り、私は最後の最後は精神力で勝負が決まるのではないかと思っている。現実問題として、1000位~3000位の集団はどんぐりの背比べ状態で差がないなかで、最後は気持ち一つで結果が変わるのではないかと思っている。

2. 司法試験を目指そうと思ったきっかけ
話を出発点にもどし、司法試験を目指すきっかけや勉強方法を書きたいと思う。
30歳を間近に控えて、自分の20代の人生に何か形に残るものを残したいと思ったことともに、自分はソフトスキルで勝負するのではなくテクニカルなスキルで勝負しようと思いったことがきっかけだった。また、私は、終身雇用が保証されない外資系金融機関に勤めているため、変な角度で刺されることを回避するためにこちら側も武装して自衛力を高める必要があったこと、また、首切りにあったときにも資格を武器に自力発進できること、つまりリスクヘッジをかけておく必要があったことも理由にありました。

3. 勉強スタイル
私は理工学部出身で、法律の知識がなかったので、筑波に入学する一年前に、予備校の基礎講座を受講して一通り学習を行いました。筑波に入学後、最初の2年は、授業をペースメーカーに学習を行いました。総じて有益な授業が多く、得ることはたくさんあったのですが、新たに教材を増やすことに抵抗があったことと、基本書は難しくて自力では読めなかったので、基本的には、予備校の基礎講座で使用した教材をベースにして、そこにいろいろ書き込んでいったり、筑波の授業で配布されたプリントで有用と思われるものは予備校の教材に挟み込んでいったりというスタイルにしました。結果、司法試験を受けるまで、最後まで予備校の教材を終始使っていました。3年生になると、アウトプット中心の授業になり、また予備校の答案練習も本格的に始まるので、アウトプットの機会が増えました。1年生、2年生の頃はインプット中心でしたが、3年生はアウトプット中心の学習にスライドしました。平日は授業時間を含めて平均3時間、土日は平均8時間を目標に勉強していました。
筑波の卒業後は、大手予備校2社の模擬試験を受けたり、直前答案練習会に参加したりして、それをペースメーカーに学習をしました。

4. 戦略構築とトレーニング内容
昼のロースクール生に対して、勉強時間(量)では勝てない。そのため、勉強の質を上げることを試みた。私は、勉強する際に自分に負荷をかけ、また、必要なことしかやらないことで勉強の質を上げました。例えば、二時間の問題を時間短縮して1時間40分で解くという負荷をかけたり、手が痛くなっても写経をひたすら続けて汗だくになるという訓練をしたりしました。
また、そもそも自分の強みは何かという自己分析を徹底的にして、その強みを最大限生かして効果的効率的に受験を勝とうと思い、かなりの時間を自己分析や戦略構築に費やしました。同時に、周りのライバルの分析も行い、どういう点が自分にたりないかとかを考えていました。自分の場合は、記憶力と処理能力、そして処理能力とも関連するのですが、タイム・マネージメント力が人よりも長けているという結論に達しました。そのため、いわゆるAランク論点の暗記の精度を高め、また処理能力を高める訓練を行うため2時間の問題を解く際に構成の時間を標準的な40分ではなく20分~25分で切りやめる訓練を行い、さらに、途中答案を回避するために、本来ならば20分で書くべき内容を10分で書く訓練を行うなど、かなり負荷をかけたトレーニングを組み込みました。結果として、本試験では、みんなが書けるいわゆるAランク論点を落とさず精度高く再現し、かつ、総じて3000~3500字の文字を安定的に書くことができ、合格にかなり近づいたと思います。

5. 環境つくり
まず、なによりも、職場からの理解を得ることが大事だと思います。平日に授業がある日は、早く職場を去らなければいけないため、どうしても職場の理解が必要です。そのため、日ごろから、仕事のアウトプットを良くしてチームメイトや上司からの評価を一定以上に保ち、授業がある日は定時に帰っても理解が得られる環境を整えることが重要だと思います。つまり、仕事でパフォーマンスを上げることが、結果的に勉強時間の捻出につながって、職場と私とでWin-Winの関係を築くことを意識しました。
しかし、最初の頃はうまく理解を得られたのですが、ラスト一年になったころ、どうしても勉強を優先しがちになり、「司法試験のほうが仕事より大事なのか?」というキツい言葉を言われたり、「勉強が好きな人はいいよね~~」みたいな言葉を言われるときもありましたが、定時に帰らせてくれる以上、その程度の嫌味は軽く受け流す必要があります。そういうときは、自分自身に「強くなれ」と言い聞かせたものです。

6. 勉強生活での反省点
私の場合、筑波入学前にも1年間すでに予備校で学習をしていたため、合計で4年間の勉強期間となりました。4年ともなると、転職やその他ライフイベントなど、様々な環境変化が起こり、勉強環境が変わります。その点を私は甘く見ていて、一時期、環境変化に伴い、勉強を全くしない期間がありました。勉強は継続することが大事で、それを支えるのは精神的なモチベーションだと思うので、環境が変化しても、そのモチベーションを維持できるように、いろいろ工夫が必要だと思います。

7. 直前期の緊迫
1年前、司法試験予備試験の論文式試験で、不合格になったときから、私は意識が変わりました。私のライバルは受かり、純粋に祝福すると同時に、自分の無力さを自覚し、自分を責めました。そして、その日より覚悟を決め、攻撃的な赤いシャツを着て最前列に座り、教授をノックダウンさせるまで発言を積極的に行い、闘争心をむき出しにして何が何でも私が来年受かる姿勢を自分で確立しました。また、週末は予備校の答案練習会を2社かけもって参加しました。直前模試も2社受けて万全な状態で本試験に挑みました。今振り返ると、このようなハードスケジュールが、自分の気持ちをしめて良い結果を生んだのだと思います。

8. 合格発表
霞が関の掲示板で自分の番号を見たときは、ほっとした気持ちを通り越して、頭が真っ白になりました。自然と私は泣き崩れていました。蓋を開けてみれば、私は233位で合格できましたが、最後まで気が抜けませんでした。

9. 後輩へのメッセージ
まず、自分は受験生という自覚を強く持ち、働いていることを言い訳にしないことが大事だと思います。よく、職業は何ですか?と学校で聞かれたときに、「会社員です」というように、昼の職業を答える人がいますが、私は、胸を張って、「受験生です」と答えるようにしていました。これは、昼に働いているという意識が強いと、勉強時間が捻出できなくてもしょうがないとか、卒業年次に合格できなくても致し方ないとか、自分は仕事が忙しいので仕方ないとか、そのような甘い認識につながってしまうからです。また、そのような受験生としての自覚がない人とは、静かに距離を置くことをお勧めします。夜間法科大学院は異業種交流会の場所ではないため、司法試験合格に必ずしも必要ではない友達を多く作っても仕方ないからです。
第二に、細切れの時間を有効活用することが大事だと思います。授業の休み時間に勉強に関係のない話をすることも論外で、基本的に定義を覚えたり、眠いならば写経をしたりして時間を費やすことも考えられます。また、会社では、トイレで定義を覚えることは、受験生であれば当然の姿ですので、それが道義的に良いかは別として、受かりたいならばトイレを勉強場所にするといいと思います。私は短答の勉強の大半は会社のトイレで勉強を完結しました。このような受験生としての自覚が、良い結果を生むのだと思います。
第三に、一喜一憂せず、淡々と続けることが大事だと思います。たとえば、予備校で答案練習を受けた際、悪い点数を受けることがあると思いますが、決して一喜一憂する必要はありません。私自身、素点で30点台を連発した時期もありました。一部の天才を除き、誰しもが答案練習で悪い点を取ることは日常茶飯事なので、落ち込むひまがあれば定義を一個でも多く覚えることをお勧めします。1000位~2000位は団子状態でほとんど差がないなかで、定義を一個でも多く覚えたか否かといった、ほんのわずかなところで最後は運命が分かれるもの、私は日々そう自覚して定義を覚えていました。ポイントは、淡々と続けることです。
第四に、自分の教材を確立して、手を広げないこと。この私の合格体験記を読んでくださっている中には、予備校基礎講座出身者の方もいらっしゃると思いますが、悪いことを言わないので、手を広げずに基礎マスターテキストを最後まで信じて繰り返すことをお勧めします。なぜなら、本試験で受かるために必要な知識は、基礎マスターテキストで十分だからです。
第五に、自分のスタイルで勝負することが、一番ストレスなく勉強できますし、また、後悔ない戦いができると思います。残念ながら、試験は水物です。どんなに頑張っても、結果が出ないこともあるでしょう。人生をかけた司法試験なのに、最後は運で決まってしまう側面もあるなかで、その部分をどのように気持ちの整理をつけるかについて、私は結構悩まされました。一応、自分なりの答えは、自分の中で納得がいく戦いをすることが私は大事だと思います。その意味で、自分のスタイルを貫くことが大事だと私は思っていました。自分の場合、赤いシャツを着て教室の一番前に座り、自分がクラスを引っ張っていく、文句があるやつはかかってこいという競馬で例えれば逃げ宣言をして、最後の直線でばててもそれは納得というレースをしました。
第六に、司法試験は、最後は待ったなしの一発勝負です。一発勝負で要求されるスキルは何かを考えて、自分なりに磨いてください。それは運気を高める努力かもしれませんし、集中力を高めたり、精神力を鍛えたりすることかもしれません。この点については、いわゆる机に向かう勉強とは異なるトレーニングが必要となると思います。この点を話すと私の場合はギャンブルの話に流れていくのでこの辺で止めますが、私が行っていたトレーニングの一つとして、イメージトレーニングで本番のシミュレーションを目を閉じて行っていました。例えば未知の問題が出た時にどう対処するとか、隣の人が発狂したらどう対処するとかそういうことです。
最後に、これは事実として言わなければいけないことがあります。後輩から嫌われたり、批判されたりすることを覚悟のうえで、読んでくださっているあなたのためにあえて言います。現実問題として、卒業年次に受かる人は、在校時の主要科目のGPAが3前後の生徒や、どうしても受からなくてはいけない特段の事情があり背水の陣の覚悟で挑む勇者のみです。基本的に、GPAが高い順に受かっていくのも事実です。司法試験受験生のあなたに、GPAや教授を批判する資格も一切ありませんし、その時間があれば定義を一個覚えてください。すくなくとも、私はGPA3を切ったら、仕事を辞めて勉強専念するか、撤退するか、あるいは長期戦覚悟をするか、という選択をすると自分で決めていました。筑波のGPA3とは、卒業年次に司法試験で5分5分の戦いができる一応の水準であるということは覚えておいてください。厳しいことを言っているかもしれませんが、これが現実です。
司法試験は極限の精神状態で戦うこととなります。前夜眠れなくても、絶対に受かりたいという強い気持ちだけを持っていれば受かります。最後は精神論です。