2018年3月筑波大学法科大学院既修者コース終了 W.Rさん

1.はじめに
 私は、理学部出身で、大学では気象学専攻をしていました。その後大学院に進学し、理学修士を取得後、民間の研究機関に就職し防災の研究に従事していましたが、知的財産担当に異動となったのをきっかけに2010年に弁理士を取得しました。さらに、筑波大学法科大学院に進学、修了し2019年度の司法試験に合格することができました。
 理系の人間からみると、法律の世界は別世界のように思われるかもしれません。かつては私も弁護士とは別世界に住んでいる人だと思っていました。
 しかし、今日では技術経営、技術戦略、技術法務、知財デューデリデンスやIPランドスケープ、スタートアップ企業やベンチャー企業の支援といった分野で、技術と法律の両方に精通した人材が求められていると感じます。つまり理系出身の弁護士が活躍できるフィールドが増えてきているのです。
 そこで、本稿では、理系出身ということが必ずしも司法試験突破という面において不利に働くことはないということ、理系出身者が司法試験を目指すに当たり注意すべき点について、述べたいと思います。

2.理系と文系との間に違いがあることを認識する
 法律という文系科目の代表のような分野の勉強をするのですから、ある程度文系・法学系の文化を受け入れる必要があります。しかし、そのすべてを受け入れる必要はないと思います。
 例えば、法律分野の人たちの頭の中では、時間は離散的に進んでいるようですが、そこであえて「時間って連続なんだよ」と説明を試みるのはやめましょう。
 また、理系の論文では自分の行った実験や観測の条件を詳述して、他の人が追試をした場合に同じ結果が得られるようにします。しかし、裁判例等を勉強していると、一見同じ事情の事件であるのに、「正義」、「妥当性」、「公平」と言った理由で結論が正反対になる(ように感じられる)事例に出くわします。この意味では、文系の方がウェットで理系の方がドライです。この点では、若干の歩み寄りが必要です。
 これらの例に限らず、いくつかの場面で文系と理系との違いに直面することがありますが、違いを受け入れる点、理系を貫く点を自分なりに線引きする必要があると思います。

3.理系らしく戦う
 一方で、理系で培った思考や能力が司法試験で役立つ場面が多くありました。
(1)数字への執着
 数字への執着は理系の気質だと思います。私の場合は、条文番号をすぐ覚えられるという特技がありました。これで六法をひく時間を節約できます。
 また、割合で事案を見てしまうことは理系の気質だと思います。例えば、商法の事例問題で株式の保有数が半減したとあった場合、それが全体の10%が5%になったのか、70%が35%になったのかで意味合いが違ってきます。むしろ私は割合を計算しないと気が済まない質です。おそらく作問者は割合的な観点で問題を作っていますので、そのような見方が習慣になっている理系は有利だといえます。
(2)ビジュアル化
 理系は想像力やイメージする能力が文系に比べて高いのではないでしょうか。頭の中のイメージを書面に落とす、イラストや図表で整理し理解することは理系の得意技です。私のノートはイラストや図表が多く使われています。
(3)短い文章で論理的に思考する
 文系では文が長い方が好まれる傾向にあるようですが、理系では文が短い方が好まれます(長い文は短く区切るよう、大学の指導教官に言われましたよね)。私は、長い文を書くことはできませんでしたので、判例の真似をすることはあきらめました。一方で、結論に向かって論理的に文章を展開することは、普段から科学系の論文や報告書を書いている理系出身者は得意です。
 この点で私は割り切って自分の慣れている書き方、一文は短く、しかし展開は論理的な文章で通していました。これがかえって「思考がスマートだ」と褒めてくれる人もいました。
(5)法律は関数
 法律の条文は、要件と効果で構成されています。これは、コンピュータプログラム上の関数に変数を与えると計算結果を返してくれるのに似ています。理系で法文を読むのが苦手だという人は、これらを関数だと思うと良いかもしれません。

4.理系出身者の注意すべき点
(1)設問に対する解答のしかた
 理系の性として、相手の興味の有無にかかわらず、自分の知っていることを喜んで話してしまうという習性があります。この習性は、答案を書く上では注意が必要です。つまり、設問に対して、訊かれたことに正面から回答するという姿勢です。
 当たり前のように思われるかもしれませんが、「訊かれたことに答える」というシンプルな事柄が意外とできないものです。かつての私がそうだったように、理系出身者は知っていることを書きたがる傾向が強いように思います。「こういうことか」と納得できるまで訓練が必要な事項だと思います。
(2)三段論法の枠内で書く
 理系は論理的に思考できること、自分の慣れた書き方で構わないことを述べましたが、司法試験では一つだけ外せない「作法」があります。それは、三段論法の枠内で文章を書かなければならないということです。
 三段論法で書かれた文章を理系の人が見ると、「なぜ同じことを何度も繰り返しているのか」とも思うでしょう。しかし、三段論法は法的思考ができるということを答案上で示すための必須の「作法」です。このことは受け入れて、訓練で身につける必要があります。

5.おわりに
 以上、司法試験を目指すにあたり、理系出身であることは必ずしも不利ではないということを説明しました。これらは私個人の考え、感じ方、経験によるところが大きく、必ずしもすべての理系出身者にあてはまるものではないと思います。あくまで、一事例として捉えてください。
 現在筑波大学法科大学院に通学中の理系出身の皆さん、あるいはこれから入学を考えている理系出身の皆さんの参考になれば幸いです。